釜石駅 (かまいし)

釜石駅 (かまいし)

●愛称:「鉄と魚の町」~近代製鉄発祥の地、港には三陸の海の幸が水揚げされることから~

釜石市は、日本で初めて洋式高炉が稼動したまち。 釜石の桜の名所として知られる薬師公園は、4月中旬から約180本の桜がいっせいに見ごろを迎える。
 シープラザ釜石は、釜石の観光情報発信基地。観光情報・文化交流など様々な情報が網羅されている。
 駅前の橋上市場サンフィッシュ釜石は、四季折々の新鮮な海の幸、山の幸が豊富。食事処もある。
 大渡橋を渡ると商店街が並んでいる。30店余りが軒を連ねる「呑ん兵衛横丁」は釜石名物の夜のスポット。

朝日新聞掲載 一駅一話 三陸鉄道編(2003年5月3日から25回)釜石駅

[南リアス線編]

釜石 「三鉄1期生」

「駅長さんごくろうさん」。ウオーキングの参加証を返す釜石商高の生徒たちは、通学でも顔なじみだ

 日曜の昼下がり、菊池弘充駅長(38)は、社員おそろいの派手なジャンパー姿で、遠足を終えた参加者とともに、釜石に向かう車内にいた。

  「お疲れさまでした」。駅に着くと真っ先に降りて全員を見送り、この日の「業務」を終えた。

  三陸鉄道の駅長は、駅で運行管理するだけではない。この日は朝6時半から駅周辺の町内会の清掃に参加。8時半から「健康ウオーキング」の参加者と吉浜駅へ。88キロの巨体を揺らし、千歳海岸まで往復13キロを、70人の健脚とともに歩いた。

  「足の皮がむけた」。日に焼けた顔が笑う。

  釜石の山村・橋野で生まれ育ち、「電車に乗ったのは、中学と高校の修学旅行の時だけ」。誕生当初の三鉄にあこがれ、受験するために3度目に乗ってからは一変。入社後は20年間のうち15年近く、運転手や車掌として乗りまくった。

  三鉄は、JRなどからの出向組から、少しずつ生え抜き社員が主力に。ついに3年前、1期生の菊池さんが、初任地の釜石で駅長になった。

  経費節減で仕事は厳しい。当時6人いた駅員は2人に。この日のような添乗員の仕事もする。

  しかし、菊池さんらの「おらほの鉄道」への使命感は強い。この日の早朝清掃に顔を出すのも、ろくに息子や娘の相手もできないのに小学校のPTA役員を買って出たのも「三鉄をPRする良い機会だから」。6月初旬の週末は、80人を引き連れて温泉宿にいた。

(6/13)
この記事は朝日新聞社の許諾を得て転載しています。無断で転載、送信するなど、朝日新聞社の権利を侵害する一切の行為を禁止します。