野田玉川駅 (のだたまがわ)

野田玉川駅 (のだたまがわ)

●愛称:「西行の庵(いおり)」~歌人・西行法師が玉川海岸の景色に惹かれ草庵を結んだという伝承から~

駅のホームからは太平洋から登る日の出を拝むことができます。近隣には烏帽子の形をしたえぼし岩などの奇岩怪岩が続く玉川海岸があります。
西行法師は玉川海岸の景色の美しさにひかれ、しばし草庵を結んだと伝えられている。
※無人駅

朝日新聞掲載 一駅一話 三陸鉄道編(2003年5月3日から25回)野田玉川駅

[北リアス線編]

野田玉川 「西行の恋」

「資料があったが散逸してしまった」と好三さん。盆には一族で墓に線香をあげて、伝説を語り継ぐ

 漂泊の歌人西行は、奥州を旅してこの地に庵(いおり)を結んだという言い伝えが残る。駅のすぐそばに屋敷跡の石碑がある。その高台から玉川海岸を見下ろす。西行を歌でやりこめた才女末子(まつこ)(別名えいほう)の伝説を思い出した。

  西行は「えいほうは日毎に浜に通えども 寄せくる波の数は知るまい」と、浜辺で歌で呼びかける。

  すると末子は「西行は諸国修行を致せども 空なる星の数は知るまい」。口ごもる西行に「西行はまつに返歌も出来ぬなら 早や旅立てよ玉川の里」と続けた、という。

  700年以上前の話だが、「末子の墓がある」と聞いて、訪ねてみた。

  墓は、国道沿いの南川好三さん(73)宅の大きな松に守られるように、その根元にあった。末子は「南末子」とされ、南川家の松の下にあることから、そう語り継がれているようだ。しかし、江戸中期の「元文三」という元号が刻まれている。

  近所には2人の歌が語り継がれていた。後日談もあった。夜、西行は末子を訪ねた。が、色気のなさに興ざめし、カブ一つ食べただけで帰った。長男の好明さん(51)は「恋物語よりもっともらしいでしょ」。

  20年前に西行の話を本で紹介した、当時の野田村教育長田村栄一郎さん(83)に聞いた。「同じ地名は多く、この地に来た証拠さえないが、西行への慕情が伝わっている。それだけでもいいじゃないですか」

(9/7)
この記事は朝日新聞社の許諾を得て転載しています。無断で転載、送信するなど、朝日新聞社の権利を侵害する一切の行為を禁止します。