陸前赤崎駅 (りくぜんあかさき)

陸前赤崎駅 (りくぜんあかさき)

●愛称:「貝塚めぐり」~周辺に縄文時代の貝塚の遺跡が多いことから~

トンネルの間の築堤上につくられた駅。長い階段がついている。
ホームは1面1線で無人駅。ホームから大船渡の町が遠望できる。
陸前赤崎をでると綾里トンネル2,930メートル。
トンネルを出たところが綾里川ダムの下にあたる。
列車からはなかなか確認できないが、ダムサイトがある。
築堤を走ると綾里駅到着。

朝日新聞掲載 一駅一話 三陸鉄道編(2003年5月3日から25回) 陸前赤崎駅

[南リアス線編]

陸前赤崎 「貝塚」

 

足元に貝殻片が白く見える。「ほとんどがアサリ」。金野さんが手に乗せ近所の人に説明する

駅近くの線路沿いの丘。掘り返した跡がある2メートル四方の土に、3千年前の貝殻や縄目跡のついた土器片が、無数に交ざっている。

  ここは、一昨年に国の史跡に指定された「大洞(ほり)貝塚」の調査地点の一つ。一帯は、東日本の縄文晩期の土器に「大洞式」と名がつくほど学術的に重要な場所だ。

  大正末期に発掘を始め、文様から時期を細かく区分する研究の草分けとなった。同時に出た人骨は「日本人の起源」をたどる研究にも役だった。

  しかも「ここは漁の達人たちのムラだった」と大船渡市教委職員の金野良一さん(45)。動物の骨や角を加工した釣り針が多数出土、それらは「今も超えられない技術」だ。

  この地に生まれ育った金野さんは、学校帰りに拾って帰った土器片に目を輝かせた考古学少年だった。大学を出て市博物館の学芸員となり、この発掘に携わって10年目。

  「貝塚は大昔のごみ捨て場、という考え方はおかしい」。いらないものとして捨てる現在とはちがう。「道具や食べ物に感謝して、魂を送る神聖な場所だった。だから人骨も埋めている」

  昨年から有識者と検討委をつくり、市内の他の貝塚とともに整備計画を練る。

  「観光に来てもらうのも必要だが、一番大事にしたいのは地元の人。学習や休息の場したい」。金野さんの目は少年時代に戻る。思いがかなうのは、何年後だろうか。

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