陸中宇部駅 (りくちゅううべ)

陸中宇部駅 (りくちゅううべ)

 ●愛称:「縄文の花」~周辺から縄文時代の遺跡が発見されていることから~

陸中宇部駅の周りでは縄文の遺跡が多く発見されています。秒速30万キロ(光の速さ)でいえば、ジュラ紀から少し現代に近ずいた頃、紀元前5千年ごろの縄文人たちが暮らしていました。まだ駅の近くまで海があったと思われ、大きめの古代魚を取ったり、森のもののけ達と格闘して生活 していたと思われます。
 沿線の花と水の回廊計画により、陸中野田駅と陸中宇部駅のあいだ60k600m付近に(どちらの駅からも、発車して2分位)花を植えました。
5月末頃レンギョウ、ツツジ、アジサイ等花が咲きます。車窓からもご覧いただけると思います。

朝日新聞掲載 一駅一話 三陸鉄道編(2003年5月3日から25回)陸中宇部駅

[北リアス線編]

陸中宇部 「蜂の巣取り」

部屋に所狭しと並ぶ「戦利品」のスズメバチの巣。ミツバチは今も少し育てている

原敬を教え、明治憲法の草稿を作ったとされる小田為綱の出生地で、代官屋敷跡も残る。駅前の坂を下りると、昔の面影を残す商店街で、燃料店「宇部邦三商店」の大きな看板が目立った。

  店番の宇部茂樹さん(53)は「夏は大忙しなのに、今年は仕事がないなあ」。

  店のことではない。この人、蜂の巣取りの名人なのだ。

  きっかけは「ロマン」だった。30年前、大卒初任給が5万7千円の頃、アルバイトで20万円をため、片道切符を買って渡米した。大学を休学して農場で働いた後、南米を旅している時に日本人の養蜂業者と出会い、仕事を覚えた。

  「これだ」と、卒業後、経営者を目指してアメリカやカナダの養蜂場で働いた。しかし、中国産に押され始め「先行き暗い」と帰郷した。

  がっかりしている矢先、親類が勤める久慈市役所から、スズメバチの巣の駆除の仕事が舞い込んだ。その紹介で近隣町村からも依頼が来るようになった。商売っ気がない宇部さんは手間賃程度しかとらないが、「小遣いにはなる。一晩で7カ所という時も」という。

  刺されて大きく腫れたこともあるが、「平気な体質なので問題ない」。

  巣は三鉄の駅にもできる。普代駅には毎年のように出て、駆除に行ったが、今年は出ない。冷夏の影響は、こんなところにもある。

(8/28)
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